黒田三郎

突然ぼくにはわかったのだ

僕は待っていたのだ

その古めかしい小さいいすの上で

僕は待っていたのだ

その窓の死の平和のなかで

 

どれほど待てばよいのか

僕はかってたれに聞いたこともなかった

どれほど待っても無駄だと

僕はかって疑ってみたこともなかった

 

突然僕にはわかったのだ

そこで僕が待っていたのだということが

そこで僕が何を待っていたのかということが

何もかもいっぺんにわかってきたのだった

 

けしに吹くかすかな風や

煙突の上の雲や

雨の中に消えてゆく足音や

恥多い僕の生涯や

 

何もかもいっぺんにわかったとき

そこにあなたがいたのだった

パリの少年のように気難しい顔をして

僕の左の肩に手を置いて

 


 

それは

それは

信仰深いあなたのお父様を

絶望の谷に突き落とした

それは

あなたを自慢の種にしていた友達を

こっけいな怒りの虫にしてしまった

それは

あなたの隣人達の退屈なおしゃべりに新しいわらいの渦をまきおこした

それは 

善行と無知を積んだひとびとに

しかめっ面の競演をさせた

なんというざわめきが

あなたをつつんでしまったろう

とある夕

木立をぬける風のように

何があなたを

僕の腕のなかにつれて来たのか



 

僕はまるでちがって
 

僕はまるでちがってしまったのだ

なるほど僕は昨日と同じネクタイをして

昨日と同じように貧乏で

昨日と同じように何にも取柄がない

それでも僕はまるでちがってしまったのだ

なるほど僕は昨日と同じ服を着て

昨日と同じようにのんだくれで

昨日と同じように不器用にこの世に生きている

それでも僕はまるでちがってしまったのだ

ああ 薄笑いやニヤニヤ笑い

口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで

僕はじっと眼つぶる

すると

僕のなかを明日の方へとぶ

白い美しい蝶がいるのだ