詩の特集164

一年ぶりです。昨年の詩の特集がほん一部からですが好評だったので、今年は第二部とまいります。秋の夜長に、詩と短歌をどうぞ
不安な時代になりました。アメリカのテロ事件は大きな戦争に発展するのでしょうか。こんなときには勇ましい意見が幅をきかせます。
日本にもそんな勇ましい時代がありました。

()が国の貧しさを思わず 兵強きことほこりて足れりとするか     山本友一
二十世紀の全世界の総戦死者数、約一億七百万。一億七百万分の嘆きと悲しみがあります。

戦場に出て行く者も、
 子供等は我が身の代わり 悲しくば子供を抱け我と思いて     香田清貞

戦場に送った者も。

帰って来たか帰って来たかと老母は 白木の箱を抱きて呼ばわる 田沢孝次

己が子の戦死告げるに振り向かず祖母は身固く縄ないていし 杉山葉子

その悲しみはしかし、威勢のよい声にかき消され、流されてしまいがちです。

つつ音を聞けばたのしと言ふ人を隣りにもちてさびしとぞ思ふ 釈超空

濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ 斎藤 史

 だからこんな声はなかなか挙げられません。

死を賭して戦ふはありき 死を賭して戦ひを罷めよと言うはあらざりき  熊谷大三郎

 そして原爆が戦いに最後の終止符を打った。大勢の犠牲者とともに

挨拶           石垣りん

ゝ/この焼けただれた顔は

一九四五年八月六日/この時広島にいた人/二五万人の焼けただれの一つ

すでにこの世にないもの

とはいえ/友よ/向き合った互いの顔を

も一度見直そう

戦火の跡もとどめぬ/すこやかな今日の顔/すがすがしい朝の顔を

その顔の中に明日の表情をさがすとき

私はりつぜんとするのだ

地球が原爆を数百個所持して

生と死のきわどい淵を歩くとき

なぜそんなにも安らかに

あなたは美しいのか

しずかに耳を澄ませ

何かが近づいてきはしないか

見きわめなければならないものは目の前に

えり分けなければならないものは

手の中にある

午前八時一五分は/毎朝やってくる

一九四五年八月六日の朝

一瞬にして死んだ二五万人の人すべて

いま在る/あなたの如く 私の如く/

やすらかに 美しく 油断していた

 

終戦。新しい明日は来たのだろうか。

 

新しき明日の来るを信ずといふ自分の言葉に嘘はなけれど―       石川啄木

「新しき明日」とはいつぞその明日の今日につづきて五十年の後 土岐善麿

戦後五十年余り、世の中は大きく変わった。新しい明日は来たかどうかわからないけど、失った昨日はいくつもあった。

 そんな中の一つの詩。

便所掃除     浜口国雄

扉をあけます./頭のしんまでくさくなります。/まともに見ることができません。/神経までしびれる悲しいよごしかたです/澄んだ夜明けの空気もくさくします/掃除がいっぺんにいやになります。

むかつくようなババ糞がかけてあります。

 

どうして落ち着いてくれないのでしょう

けつの穴でも曲がっているのでしょう。

それともよっぽどあわてたのでしょう。

怒ったところで美しくなりません。

美しくするのが僕らの務めです。

美しい世の中もこんなところから出発するのでしょう。/くちびるを噛みしめ、戸のさんに足をかけます。/静かに水を流します。/ババ糞に、おそるおそるほうきをあてます。/ボトン、ボトン、便壺に落ちます。/ガス弾が、鼻の頭で破裂したほど、苦しい空気が発散します。

心臓、爪の先までくさくします。

落とすたびに糞がはね上がって弱ります。

 

かわいた糞はなかなかとれません。/たわしに砂をつけます。/手を突き入れて磨きます。/汚水が顔にかかります

くちびるにもつきます。/そんなことにかまっていられません。/ゴリゴリ美しくするのが目的です。/その手で、エロ文、ぬりつけた糞も落とします。

 

朝風が顔をなで上げます。/心も糞になれてきます。/水を流します。

心に染みた臭みを流すほど、流します。

 

雑巾でふきます。/キンカクシのウラまで丁寧にふきます。/社会悪をふきとる思いで、ちからいっぱいふきます。

 

もう一度水をかけます。/雑巾で仕上げをいたします。/クレゾール液をまきます。/白い乳液から新鮮な一瞬が流れます。

静かな、うれしい気持ちで座ってみます。

朝の光が便器に反射します。/クレゾール液が、便壺の中から、七色の光で照らします。

 

便所を美しくする娘は、

美しい子をうむ、といった母を思い出します。

 

僕は男です。

美しい妻に会えるかも知れません。

 ぽっとん便器が少なくなり、便所を美しくする娘は美しい子をうむという言葉も死語になったかも知れません

 

そして人は年をとります。

昔も今も       佐々木実

土手の上に/すわっていると/若い男と女のやさしい笑いと、ささやく声がきこえてくる。

あれはみんなむかし私たちのものだった。

みんなおなじ格好で/おなじ言葉で

お互いを求めて/昔も水は/私たちの前を流れていて/おまえさんは/むかしすわった場所にすわるのは/わたしたちではないと立ちあがる。

南アメリカと/入り口のドアーにかいてある/喫茶店に入り/片隅にすわって

コーヒーを口にはこんでいると/入ってくるのは/やっぱり私とおまえさんの子供ぐらいの年頃の男と女ばかり/私はなにげなく顔をしかめる。

せまい貧しい椅子にすわっていても/私たちは毎年歳とっていく

テーブルにこぼしたコーヒーをふくと

汚れてしまった自分の手をふいているようで/しわのよった歳がテーブルにあらわれて/これからも、おまえさんと苦しみ生きていくと思うばかり

それから私もおまえさんも、言葉少なくしずかになっていくばかり。

 年をとるという事は、しかし悪いことばかりではありません。

か黒葉にしづみて匂ふ夏霞若かる我は見つつ観(み)ざりき北原白秋

見えなかった物が観えてくることもあるのです。もちろんその反対もありますが・・・。

自分の感受性くらい   茨木のり子

ばさばさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを

近親のせいにはするな

何もかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを

暮しのせいにはするな

そもそもが ひよわな志にすぎなかった

 

駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

年をとるということは、死というさけられない現実が近づいてくるということでもあります。だからこそこう叫ばねばならないのです。

無題       八木重吉

死なねばならぬ/人間は

生きねばならない

生きねば/ならない

とにかく

生きねばならない

そしてわかってくることがあります。

生命は  吉野 弘

生命は

自分自身だけでは完結できないように

つくられているらしい

花も

めしべとおしべが揃っているだけでは

不充分で

虫や風が訪れて

めしべとおしべを仲立ちする

生命は

その中に欠如を抱き

それを他者から満たしてもらうのだ

 

世界は多分

他者の総和

しかし

互いに

欠如を満たすなどとは

知りもせず

知らされもせず

ばらまかれている者同士

無関心でいられる間柄

ときに

うとましく思うことさえ許されている間柄

そのように

世界が緩やかに構成されているのは

なぜ?

 

花が咲いている

すぐ近くまで

虻の形をした他者が

光をまとって飛んできている

 

私も あるとき

誰かのための虻だったろう

 

あなたも あるとき

私のための風だったかもしれない